正眼直言

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社会的制裁とは?

 

昨日、千葉大学医学部の学生による集団強姦事件の判決で、準強制わいせつ罪に問われた被告人の元研修医に対し、懲役2年執行猶予3年の判決が下されました。(検察の求刑は懲役2年)

 新聞によると、裁判官は、「学生にあおられて及んだ犯行で、病院を懲戒解雇されるなど社会的制裁を受けている」として(執行)猶予付き判決としたという。

刑事事件の判決では、「社会的制裁を受けている」が、減刑や執行猶予の理由になっていることがよくありますね。

 

今回は、「社会的制裁」を考えてみます。

 

裁判官が、社会的制裁を受けているというのは、今回の例でいえば、元研修医のように病院から懲戒解雇処分を受けたように、社会的地位にある人がその地位を喪う処分を受けているということなどを指しているようですね。

 

病院に限らず企業でも公務員でも懲戒処分はありますが、それは社会になり代わって制裁を下すためにあるのでしょうか?

ある組織が、その組織に所属している人間が社会的に非難される行為をしたからといって、社会になり代わって制裁を加えるなんていうことは、法治国家ではできませんね。

処分規定は、組織内の秩序を守る、業務に支障をきたすことがないようにするなどのためにあるのです。

 

裁判所(官)が、懲戒処分を社会的制裁というのは、かなりの拡大解釈といえそうです。

 

社会的制裁を受けた人は、社会的地位を持っています。(今回の事件では被告人が医師なので例にとります。)

私は、医師とは、医術という高度な技術と人間の生命や健康を守るという崇高な使命があるから、それなりの社会的地位が認められているのだと思います。

医師に限らず、社会的地位にある人には、それなりの報酬、名誉、権力などが認められているのですから、ノブレスオブリージュとでも言いましょうか、それなりの使命と責任があると思います。

 

裁判官が、被告人を裁くとき、社会的地位にあった者がそれを喪っていた場合には社会的制裁を受けているからと減刑事由として取り扱い、一般人は喪う地位がないから厳しく罰するというのは、均衡を欠いていると思います。

社会的地位にある人が一たび罪を犯した場合は、むしろ一般人より強く問われるべきだと思います。

 

今回の判決は、日本の司法(裁判官、検察官)がエリートいかに甘いかということを再認識させられるものでした。

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カネで、執行猶予は買えますか?

 

 

  昨日、千葉大学医学部の学生による集団強姦事件の被告人に対し、懲役3年執行猶予5年の判決が下されました。(検察の求刑は懲役4年)

 

 犯罪白書によりますと強姦罪等の有罪者に対する判決は総じて厳しく、平成26年度では、懲役3年以下の執行猶予が付いた有罪人員の比率は、9.4%です。

 

 今回被告人が起こした女性に酒を飲ませて酩酊させて前後不覚になったところを集団で強姦して、しかもその行為をスマホに撮影するという悪質な犯行に執行猶予を付ける必要があったのでしょうか。(そもそも検察官の懲役4年という求刑自体が、軽いと感じます。)

 

テレビニュースによりますと判決理由の中で、被害弁償がなされ被害者と示談が成立していることなどを考慮して執行猶予が付いたとのことです。

 

実は、裁判官が、実刑に処するか執行猶予を付けるか判断する際には、被害弁償や示談が出来ているかは、とても重要なのです。

 

例えば10万円を盗んだ窃盗事件の被告人が、被害弁償も示談もできなければ、初犯でもない限り、実刑になる可能性はかなり高いです。

 

私には、今回の事件で被告人側が支払った弁償額が公表されていませんのでわかりませんが、かなりの金額であったろうなと思います。

 

窃盗のような金銭で損害賠償ができるような犯罪ならば、お金持ちの親がドラ息子のためにお金を支払うことで被害者は失ったお金が戻ってきたのですから、親が被告人(子供)に代わって償えることもあるしょう。

 

しかしながら、今回の犯罪は、親が被害者に対してお金を払えば損害を補てんできるというものではありませんし、お金の出どころも被告人本人ではないでしょう。

被告人本人が、何らかの償いをすべきだと思います。

 

親がお金持ちで被害者にお金を支払って示談できれば、かなり悪質な犯罪をした被告人でも執行猶予付きの判決が下され、

他方、被害者に弁償ができなければ、窃盗のような犯罪でも実刑に下される。このような刑事裁判のあり方は、どうなのでしょうか。

 

今回の判決は、「カネで、執行猶予は買えますか?」と問いたくなるような判決でした。